立松和平と足尾
立松和平さんは、自身のルーツである足尾の地に深く思いを寄せられ、足尾を舞台にした作品を作り、また、煙害で荒廃した足尾の山に緑を育てる活動に情熱を注いできました。その活動の様子と作品から、立松さんと足尾との係わりについてご紹介します。
写真提供 NPO法人足尾に緑を育てる会
植林中の山 足尾砂防ダム
※足尾
旧栃木県足尾町。合併により日光市足尾となる。明治時代に足尾銅山の開発によって発展し、最盛期には県下第2の人口の町となったが、同時に銅の精錬に伴う煙害や鉱毒の流出による鉱毒事件が起こった。鉱毒により被害を受けた谷中村などの救済に奔走したのが、国会議員も務めた田中正造である。昭和43年に銅山は閉山。現在は産業遺跡や山林に緑を取り戻す環境活動などの町となっている。
足尾の緑を育てる
「煙害で荒廃した足尾の山に木を植えることをとおし、足尾が抱える様々な問題を考えよう」という呼びかけによりボランティアが結集し、1996年(平成8年)足尾に緑を育てる会が発足しました。
幼い頃親戚のあった足尾の地で遊び、足尾に関心の深かった立松和平さんは、発足時から顧問として会の活動に係わり、毎年の植樹祭には必ず参加し、集まったボランティアに語りかけたり、グリーンシンポジウムで発言するなど、実際の活動を支えてきました。
立松さんの功績は大きく、砂防ダムのある銅(あかがね)親水公園に、立松さんを記念する顕彰碑と記念樹が設置されました。
写真提供 NPO法人足尾に緑を育てる会
足尾の植林や環境問題をテーマにした著作
「渡良瀬有情」

立松和平・東京新聞写真部/著
東京新聞出版局 1992年
日本新聞協会賞(1992年度)受賞
立松和平のルーツ足尾
立松さんの曽祖父は、明治時代に兵庫県の生野銀山から足尾に移ってきた抗夫でした。幼い頃の立松さんは、親戚の住んでいた足尾を度々訪れていました。また、立松さんの父は自宅に、足尾鉱毒事件で活躍した田中正造翁の木版画像を飾っていたそうです。こうしたことが要因となり、立松さんにとって、足尾や田中正造は、早い段階から創作の大きなテーマのひとつとなっていたようです。
足尾銅山や鉱毒事件を題材にした小説
「恩寵の谷」
新潮社 1997年
立松和平は足尾をテーマとした小説を書くため、大きな段ボール箱にたくさんの資料を集めていたそうです。そうした中から生れた作品のひとつが、曾祖父をモデルに明治時代の銅山や坑夫の生活を生き生きと描いた『恩寵の谷』です。
主人公の宗十は、足尾銅山の開発のため、生野銀山から足尾の地に移ってきた坑夫でした。坑夫らは貴重な働き手として集められ丁重にもてなされますが、その後に待っていたのは激しい過酷な労働でした。宗十は坑夫の仕事に誇りを持ちながらも職業病であった”ヨロケ”という肺の病に倒れます。組織が大きくなり鉱山労働者の暴動も発生します。また、初期には緑したたる谷で街らしい街もなかった足尾が、みるみるうちに開発され街が広がるとともに、山林が荒廃していく様子も描かれています。
「毒 風聞・田中正造」
東京書籍 1997年
毎日出版文化賞(平成9年/1997年)受賞
足尾のもうひとつの側面である足尾鉱毒事件をテーマとした、谷中村の鉱毒被害と田中正造を描いた作品です。
立松和平は足尾をテーマにした二つの作品『恩寵の谷』『毒 風聞・田中正造』を、同時期に新聞に連載していて、そこには相当な苦労があったようです。
「白い河 風聞・田中正造」

東京書籍 2010年
渡良瀬川流域の洪水、田中正造の国会質問、農民の苦悩、被害民たちが決起した川俣事件、田中正造の行動など、足尾鉱毒事件を巡る歴史的事件を、力強く描いた作品です。
立松和平の生涯のテーマであった足尾鉱毒問題についての『毒』に続く作品でしたが、原稿を残したまま立松さんはこの世を去り、『白い河』は絶筆となりました。
足尾の地を舞台にした小説
「閉じる家」

主人公の生い立ち、家庭を捨てた母、父との貧しい暮らし、就職、結婚、友人、浮気など、足尾の街を舞台に繰り広げられる物語です。あとがきで立松和平は、「主人公の姿は、渡り歩いて足尾の山にはじめて立った若き曾祖父と、屈折してつながる。」と語っています。たくましく生命力に満ちた主人公を曾祖父に重ねたのでしょう。
「火の車」

集英社 1979年
第7回泉鏡花文学賞(昭和54年/1979年)候補作
第7回泉鏡花文学賞(昭和54年/1979年)候補作
閉山が間近に迫った足尾の街に帰ってきた主人公。しかし、1歳の息子の死という悲しい思い出を残して、再び足尾を去ります。足尾を舞台にした他の小説と違い、この作品では、主人公や主人公を取り巻く他の人たちも、仕事を求めて都会を目指します。精錬所帰りの坑夫、無縁仏の石塔、社宅など、足尾の風物も描かれています。
「冬の真昼の静か」

角川書店 1980年 より
「石の中」地元の高校の鉱山科を出、祖父も父も銅山で働き、自分も坑夫になるはずだった主人公。しかし山は閉山し、中学の友人は町を去り、社宅は潰されていき、父は職業病である肺の病に苦しみ続け、主人公は自分のこれからを模索します。
銅山閉山後の急速に寂れかけていた足尾の町とそこに暮らす人々を、作家の想像力で生々しく描ています。足尾を舞台にした前作と比べ、足尾の街の描写が物語のより重要な要素になっているようです。
足尾を題材にした主要なエッセイや紀行文のリスト(宇都宮市立図書館で所蔵しています。)
関連サイト
掲載日 平成30年9月25日
更新日 令和3年8月12日
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